2002年8月


報復戦争決議に反対した ただ一人の米連邦下院議員
バーバラ・リーさんの日本講演会に参加!

 
 
  昨年9月11日にアメリカで起きた「同時多発テロ事件」の後、アメリカ連邦議会ではブッシュ大統領にテロ報復の軍事行動を認める決議の採択が行われました。下院の決議は420対1。ただ一人反対したのがバーバラ・リー議員です。リーさんは、昨年9月14日に武力報復反対の議会演説を行っています。8月2日に東京で行われた講演会に参加した市民ネットワークの村上きみ子、佐藤のり子、北田弥生、小倉なほ子と私は、幸運にもリーさんからこの反対討論の記録をいただくことができました。

 8月2日のバーバラ・リーさんの講演もすばらしいものでした。「私は、今ここに来られたのが8月であることを深く感謝しています。8月は追憶の月だからです。また同時に9月に近づきつつある月です。9月は私たちの心に一生焼きつく月です。しかし、この記憶こそ平和のために働かなくてはと思う記憶でもあります。」リーさんは静かに、そして力強く話してくれました。

 バーバラ・リーさんの第9選挙区にあるバークレー市は、ベトナム反戦運動の中心地でもありましたが、市議会が米軍によるアフガニスタン攻撃の早期終結を求める決議を採択した唯一の市です。このような市民が、勇気あるバーバラ・リーさんを生み出し、その活動を支えているのです。地域から、地方自治体から平和をつくることの大切さを改めて教えていただきました。

前代表  中島 和子


バーバラ・リー下院議員による報復反対の議会演説(和訳)
2001年9月14日

 議長、私は今日、ニューヨーク、バージニア、ペンシルベニアで殺され、傷つけられた家族と愛する人々への悲しみでいっぱいになりながら、耐えがたい気持ちで演説にたっています。
 
アメリカ国民と全世界の何百万人もの人々をとらえた悲しみを理解しないのは最も愚かな者か、最も無神経なものだけでしょう。アメリカ合衆国に対するこの筆舌に尽くしがたい攻撃のために、私は向かうべき方向を求めて自らの道徳指針と良心と神に頼らざるを得ませんでした。

 9月11日は世界を変えました。最も深い恐怖が今や私たちの心につきまとっています。しかしながら、私は軍事行動はアメリカ合衆国に対する国際的なテロリズムのこれ以上の行動を防がないと確信しています。

 私は、大統領はこの決議がなくても戦争を行うことができることを、私たち全員が分かっているにもかかわらず、この武力行使決議が通過するのだということを知っています。この[反対]投票がどんなに困難なものであろうとも、私たちの何人かが自制を行使するように説得しなければなりません。
 
しばらく距離を置いてみて今日の私たちの行動がもつ意味を通して考えよう、その結果をもっと十分に理解しよう、と言う何人かが私たちの中にいなければなりません。私たちは従来型の戦争を扱っているのではありません。私たちは従来型のやり方の対応は出来ないのです。

 私はこの悪循環が制御不能になるのを見たくありません。今回の危機には国家の安全や外交政策や社会安全や情報収集や経済や殺人といった諸問題が入っているのです。私たちの対応はそれと同様に多面的でなければなりません。私たちはあわてて判定を下してはなりません。

 あまりにも多すぎる罪のない人たちが既に亡くなりました。アメリカ合衆国は喪に服しています。もしも私たちがあわてて反撃を開始すれば、女性や子どもやその他の非戦闘員が十字砲火を浴びるという大きすぎる危険な目に遭う恐れがあるのです。同様に私たちは、残忍な殺人者によるこの凶暴な行為に対する怒りがあるからと、あらゆるアラブ系のアメリカ人やイスラム教徒や東南アジア出身者や他のどの人々に対しても人種や宗教や民族を理由として偏見をあおることは出来ません。

 最後に、私たちは退場の戦略も焦点を合わせた標的もなしに無制限に戦争を開始しないように注意を払わなければなりません。私たちは過去の過ちを繰り返すことは出来ません。1964年に連邦議会はリンドン・ジョンソン大統領に撃退しさらなる侵略行為を防ぐために「あらゆる必要な手段をとる」権力を与えました。その決定をした時に、本会議は憲法上の責任を放棄し、長年にわたるベトナムでの宣戦布告なき戦争へとアメリカ合衆国を送り出したのです。

 当時、トンキン湾決議にただ二人反対票を投じたうちの一人であるワイン・モース上院議員は言明しました。「歴史は我々がアメリカ合衆国をくつがえし台無しにするという重大な過ちを犯したのだということを記録するであろうと私は信じる。……次の世紀のうちに、将来の世代の人々はこのような歴史的な過ちを現に犯そうとしている連邦議会を落胆と大いなる失望をもって見ることになるだろうと私は信じる。」

 モース上院議員は正しかったのです。私は今日、同じ過ちを私たちが犯しているのではないかと恐れています。そして私はその結果を恐れています。私はこの投票をするのに思い悩んできました。しかし、私は今日、ナショナル・カテドラルでのとてもつらいが美しい追悼会の中でこの投票に正面から取り組むことにしたのです。牧師の一人がとても感銘深く「私たちは行動する際には、自らが深く悔いる害悪にならないようにしましょう。」と語ったのです。